第3章 発達研究の方法
3-1. 発達過程を追う
3-1-1. 縦断的研究
縦断的研究: 同じ個人や集団を長期的に追跡し、その個人や集団内での変化の過程を調べる研究手法 時間経過に伴い、どのように変化していくのかを見るのに適した手法
年齢による変化や何らかの効果(養育法や学習法が及ぼす効果など)を明らかにするのに有用な手法
多くの人に共通して見られる心理社会的要因の発達的影響を調べる場合には大規模な集団を対象に行うのがよい
規模が大きいほど汎用性の高い尺度や質問紙、検査を利用し、複数の実施者で手分けして研究を進めるのが効率的
日本で行われた数少ない大規模な縦断的調査の一つに菅原ら(1999)がある
妊娠初期から出産後11年目まで1年ごとに子どもの問題行動や気質的特徴、親の子に対する愛着感、夫婦関係、養育態度等の尺度を含む質問紙調査を実施
子どもの10歳時の行動傾向にその前の時期までの子ども自身の行動的特徴や親の養育態度、家庭環境などの要因が関連していることを示した
同等の大規模な縦断的調査として、双生児を対象に遺伝要因、環境要因と発達の関係性を検討した安藤らの研究(Ando et al., 2013)がある
数十人の子どもを対象に約1年にわたる母親に寄るウェブ日誌記録と母親へのインタビューに基づいて語彙習得過程を分析した研究がある
小林ら(2012)は言葉を話し始める初期に各子どもにおいてプラトー(新しい単語を1つも発しない期間)が見られること、その頻度や語彙数増加速度には個人差があるものの、1歳後半でプラトーが減少することが語彙爆発と関連する可能性を示した(→第6章 幼児期の発達:言葉と認知) 個人内の変化の過程を詳細に捉えることに主眼を起き、小数の協力者を対象に事例研究を縦断的に行っていくという方法もある
上原(Uehara, 2015)では、少数の乳幼児とその母親に数ヶ月に1回の割合で会い、2時間程度のインタビューと観察、簡単な課題を4, 5年にわたって実施
インタビュー中の子どもの発話や過去の出来事の語り、課題実施状況を記録にとり、母親へのインタビューと質問紙により子どもの日常の言語仕様や出来事の語り具合について確認
個人ごとの詳細な発達過程が明らかになるとともに、時期や発達速度において個人差はあるものの、2, 3歳頃に過去形を使って自発的に過去の体験を語り始め、3歳から4歳の間に再認の質問を理解し応じられるようになり、4歳から4歳半頃に「覚える」や「忘れる」といった記憶に関する語の自発的使用が始まるなど、個人間で共通する発達順序があることも示した。
発達心理学の研究においても縦断的研究の占める割合は低い
負担と労力と時間
3-1-2. 横断的研究―データをどう解釈するか?
横断的研究: ある位置時点で複数の異なる年齢や条件の人々に同一の調査や実験課題を実施し、郡間での差を検討することにより、発達や変化の過程を検討する手法 縦断的研究で問題になりやすい同じ集団に対して繰り返し調査や実験を行うことの効果や、課題の実施順序の効果が横断的研究では生じにくい
実施もしやすいので発達心理学の研究の大部分を占める
横断的研究においても十分客観的な知見を得ることは可能だが以下の点に留意
異なる集団間で比較することになるため、そこにはどうしても比較したい部分以外での差が存在する
郡間で比較したい部分以外での差が極力ないようにし、協力者数を多くすることで個人差が結果に反映されにくくする必要がある
個人内での発達や変化の過程は必ずしも正確には推測できない
異なる年齢郡間で課題成績に有意差が示されたとしても、それは各年齢集団における平均として示された結果であり、個人内では必ずしも平均結果を線で結んだような形で課題成績が変化していくとは限らない
個人愛での発達の道筋は縦断的な研究でないと分からない
条件で操作を行う実験では何らかの効果やどの要因が原因かについては言及できず、相関的関係性しか見いだせない
3-1-3. コーホート効果―時代の変化、それとも、年齢による変化?
大野(2001)の仮説的データを例に各効果について説明
加齢の効果のみがある場合は調査時点にかかわらず60歳群の得点が一番高く、20歳群が一番低いといった結果になる
table: 純粋な加齢効果を示す仮説的データ
年齢 1950 '60 '70 '80
20 40 40 40 40
30 45 45 45 45
40 50 50 50 50
50 55 55 55 55
60 60 60 60 60
時代の効果のみがある場合は、いつの時点でも年齢による得点差はなく、調査時点が後になるほど点数が下がっていくという結果になる
table: 純粋な時代効果を示す仮説的データ
年齢 1950 '60 '70 '80
20 70 65 60 55
30 70 65 60 55
40 70 65 60 55
50 70 65 60 55
60 70 65 60 55
コホート効果のみがある場合は同一コホート内では調査時点に関係なく一貫した数値が並ぶ結果となる
table: 純粋なコホート効果を示す仮説的データ
年齢 1950 '60 '70 '80
20 60 55 50 45
30 65 60 55 50
40 70 65 60 55
50 75 70 65 60
60 80 75 70 65
ただし、純粋に1つの効果のみが影響を及ぼしているとは言えない場合も少なくない
コホート分析の課題として、3つの効果を客観的に評価する方法が確立しているとは言い難い点、今の所量的分析に限らている点が挙げられる(大野, 2001)
社会環境の変化も組み入れている点で有用な分析法と言える
3-2. 乳幼児を調べる
3-2-1. 調査と実験
調査は協力者のありのままの姿や自然に生起する事態を測定する 一回限りの調査では相関的関係性までしか言及できない
同一の集団に対し複数の時点で測定する、縦断的な調査(パネル調査)を行うことにより、因果的な関係性を推測することが可能となる 質問紙調査がよく実施されるものの、読み書きのできない乳幼児には実施することが難しい
乳幼児の発達の度合いなどを調べるのに保護者や保育者に対象となる子どもに関する質問紙調査や検査を実施する方法もある
乳幼児本人に直接行う場合は、行動を指標とした観察調査や検査を実施することが多い 言葉をある程度理解できるようになっている年齢の幼児に対しては簡単な言語教示を行い、指差し等の反応を求めることで、課題の達成度を調べるという方法が可能
上原(Uehara, 2013)では用紙の上半分の領域に描かれている図形と同じ図形を下半分の領域に書かれた6つの図形から選択する課題10問を4,5,6歳の幼児に提示。年齢が上がるほど正答率が高かったが、左右もしくは上下反転図形を選ぶ割合は4歳が有意に高かった(5歳と6歳の間で有意差はなかった)
各子供の図形一致判断能力とともに、平均的な年齢間の差が示された
実験は原因だと思われる要因を検討するために2つ以上の異なった条件を設定し、その条件以外は差がないように統制して、条件間で効果を比較する 原因を探るべく研究者が意図的に操作する部分(条件設定の部分。独立変数に相当)があるため、結果(従属変数に相当)によっては因果的関係(結果が生じる原因)についても言及できる 暴力行動を目撃することの影響を検討したバンデューラら(Bandura et al., 1961)の研究 暴力行動を見た群、暴力行動を見なかった群、統制群の3条件群にあらかじめ群間で攻撃性や年齢に差がないように分けた
短時間の暴力行動の目撃により本当に幼児が攻撃的になるのかについては議論の余地があるものの、暴力行動を見たか否か以外の差は条件間でほぼないため、この実験結果の原因は事前に暴力行動を目撃したか否かにあると解釈できる
3-2-2. 観察
行動観察法(観察)は行動を観察し客観的に捉えようとする手法で、言語が未発達な乳幼児を対象に行われることが多い 行動観察を事態と形態の視点から分類
事態、いわゆる統制の度合いの視点
自然観察法: 人為的な操作を行うことなく自然の状態で行う 組織的観察: 観察場面や観察内容、観察単位を事前に設定して行う 実験的観察法: 必ずしも条件操作まで行わないが、観察したい行動を測定するための状況を観察者が意図的に設定し、行動の生起の様子を観察するのが実験的観察法 形態の視点、すなわち観察者の協力者への関わりの度合いの視点
参加観察法: 協力者と関わりがあるような状況でなされる観察法 非参加観察法: 協力者に対して観察者の存在を感じさせないようにして行われる観察法 これらは更に細かく分類できる→(中澤, 1977)
観察手法
時間見本法: 任意の時間間隔に区切ってその時間単位ごとに調べたい行動の生起について記録する方法 例えば、二人の幼児が一緒にゲームをしているときに30秒ごとにその直前の30秒以内で(1/0サンプリング法)、あるいはその時点で(ポイントサンプリング法)、対象となる行動が見られたか否かをチェックしていくという方法 一定時間ごとに観察し、観察間に記述時間を設けて自由に記述するという手法もある
場面見本法: 特定の場面を取り上げ、その場面で生起する行動を観察する方法 例えば、公園での遊び場面を取り上げ、それを複数の時間帯、あるいは年齢間で比較することなど
事象見本法: 特定の行動事象を取り上げ、その始まりから終わりまでの過程を記録する方法 場面見本法、事象見本法とも、量的な把握のみならず、文脈の中で行動を位置づけて、その行動の意味や原因を把握することも目的としていて、ときとして時間見本法を含めて行うこともある
日誌法: 日常場面で特定の子どもや集団の行動を記述する方法 育児日誌、保育日誌
行動の記録の方法
行動目録法: 予め調べたい行動として設定した行動が見られたか否かをチェックする方法 評定尺度法: 観察される行動の強さや傾向を尺度で評定する 観察法においては主観を入れずに客観的に観察するよう留意する必要がある
寛大効果: 良い部分に関する評価を強調し望ましくない部分を控え目に評価すること 光背効果: 目立つ特徴の評価が他の評価にも影響を及ぼすこと 協力者(被観察者)のプライバシーへの十分な配慮も必要
3-2-3. 検査
検査法: 専門家に広く認められた、標準化された検査やテストにより、個々人の能力や性格を測定する 発達心理学の文やで良く利用されるのは知能検査や発達検査だが、個別の性質や能力などを調べる検査もある 小学校で児童を対象に各科目の達成度合いなどを調べるのに行われるテストは学力検査 運動や操作、生活習慣、社会性、言語や認知など幅広い内容からなっており、各子供の全般的な発達の度合いや領域ごとの発達の度合いを調べる
精密検査が必要か否かを判断したり、発達の遅れを早期に発見することも目的にしている
検査によっては発達指数($ = 発達年齢(検査結果から示される年齢) \div 生活年齢(実際の年齢) \times 100)が算出できるようになっている 実施の仕方
対象とする子どもをよく知る養育者など周囲の大人に子どもの日常の様子に関する質問に答えてもらう方法
子ども本人に課題や検査を実施する方法
日本でよく利用される発達検査
養育者に答えてもらう検査で、0~1歳用、1~3歳用、3~7歳用(津守・稲毛, 1993; 1994; 2007)に分かれている
「運動」「探索・操作」「社会」「食事・排泄・生活習慣」「理解・言語」の5領域
領域ごとに対象となる子どもの該当月齢用の項目が順に並んでいる
子ども本人(適用年齢は0~6歳)に実施する検査
「個人―社会」「微細運動―適応」「言語」「粗大運動」の4領域
項目ごとに通過するおおよその生活年齢帯が示されており、それを基準に項目ごとに達しているか否かが判定できるようになっている
子ども本人に実施する検査で0~14歳
「姿勢―運動」「認知―適応」「言語―社会」の3領域
全領域発達年齢のみならず領域別発達年齢も求められるようになっている
多くの言語に翻訳されているため、国際的に汎用性の高い検査として利用されている
3-3. 他の手法や分析法
3-3-1. 面接とラポールの形成
言葉を理解できるようになる幼児期以降の協力者には面接が可能となる 診断や解決を目的とする臨床的面接が行われる事が多いが、研究を目的とする調査的面接も行われる
面接の行い方
構造化面接: 事前に質問項目をすべて準備してそのとおりにほぼ質問し回答を求めていく 半構造化面接: ある程度質問項目は事前に準備するが、柔軟に内容を変えていく 非構造化面接: 事前に質問の概要は念頭においておくものの、細かい項目などは準備せずに面接時の流れに応じて面接を行う 協力者の年齢が低いなど、会話が難しい場合は、自由回答質問や構造化面接を行うことは難しく、質問の仕方において配慮する必要がある
例えば、上原(Uehara, 2015)では、言葉を理解できても流暢に語るのが難しい幼児にはうまく手がかりを与えながら子どもに記憶内容を語ってもらうという手法をとっている
言葉が話せても協力者の年齢が低い場合は、質問紙調査や厳密な言語教示は行いにくいため、対面して補佐しながら調査や実験、検査などを行うことが多く、面接と同様の配慮が必要になる
ラポール: 研究者と協力者の間の神話的で信頼できる関係性 協力者が子供の場合はラポールを形成することが重要
心理学では研究協力者に研究への参加の同意を得る必要がある
発達心理学の研究に際しては乳幼児など協力者本人から同意を得るのが難しい場合が少なくない
主たる養育者や必要に応じ協力機関等から同意を得る
協力者本人の意思表示がない分、参加を嫌がっていないか、疲れていないか、中断の必要がないか等十分な配慮が必要
3-3-2. 量的分析と質的分析
量的な分析手法は他の心理学領域とほぼ共通する
量的分析のみでは発達や変化の本質が捉えられない場合もある 発達心理学の分野では質的分析を含めた分析を行う事が多い 例えば、言語やコミュニケーションの発達研究では、発話量や、発話内の各品詞の占める割合、各種行動の回数や比率といった量的分析のほか、発話や行動が意味する内容の質的分析を行う
分析が量的か質的かに関わらず、分析単位となる内容のコード化とカテゴリー化が求められる場合が多い
例えば、幼児のごっこ遊び場面での発話内容や行動を分類し、分類されたカテゴリーごとの生起比率、ごっこ遊び内での内容の展開の仕方を年齢間で比較する
カテゴリー分けの基準が恣意的なものではなく、誰が行っても同様に分類できるようになっていることを保証するため、全データの2割り程度について、主たる研究者と研究の目的を知らない別の研究者が独立にカテゴリー分類を行い、その分類が高い割合で一致することを確認する作業を行う
その一致の度合いを示すのに単純に一致する割合を求める場合もあるが、近年は判定が偶然一致する割合を考慮に入れて算出されるコーエンのカッパ係数(k係数)が指標としてよく用いられる これらの指標で客観性をある程度保証したうえでカテゴリー分けを行い、その出現比率を協力者の属性により量的に分析することが多い。
コード化やカテゴリー化を繰り返し行い、カテゴリー間の関係性や階層性を見出し、理論を創出していく手法